九州八十八ヶ所百八霊場会
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第12番
穂波山 金倉寺 (ほなみさん・きんそうじ)
  真言宗醍醐派
本 尊 不動明王立像
住 所 〒820-0070 福岡県飯塚市堀池423
TEL 0948-24-2984
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 ■ お寺の紹介
 御詠歌
あらたかな 真言加持の 金倉寺
ちり切り不動は 不思議なりけり

飯塚市の南に拓けた旧嘉穂郡は、遠賀川の支流である嘉麻川と穂波川に挟まれた平野地帯であり、住古は豊穣の土地から成る穀物の積出しが三角州の辺りで行われていた。近世の石炭繁昌期もこの河川が主な要路となり、川船が寄り合う賑わいがあった。

一方の支流である穂波川の堤を東に下った聚落に貴船神社の森が在り、その奥に金倉寺が鎮まっている。貴船神社は水を司る神として農耕民とともに船人の敬信を集めていたが、時代の変遷に信仰も萎えて昔日の隆盛は見られない。

金倉寺がこの地に精舎を構えたのは、大正三年(一九一四)である。当時は弘法大師が高野山を開かれてより一千百年を迎え、世情は慶讃法会に賑わっていた。この機に四国霊場七十六番の金倉寺の修行僧であった渡辺龍真師が真言聖となって諸国行脚の旅に発ち、一夜を貴船神社に参籠したとき村里に疫病が流布していたのを祈祷の法力でもって退散せしめた。

こうした縁が因で観音堂を興して村人の帰依を篤くし、後に四国より薬師如来を勧請するに至って筑豊金倉寺を公称したが、夙に加持祈祷の本尊であった不動明王の霊力が有名になり、「ちり切り不動」の愛称で呼ばれるようになった。この”ちり切り不動”とは勘虫の封じであり、時に家出人の足止めにも霊験あらたかだという。
その後、穂波新四国霊場が創設されたとき、薬師如来を霊場の本尊として七十六番の札所を掲げるなど、昭和の御世に寺門隆盛の基礎をかためてきた。龍真師が遷化のあとは甥の佐伯慈教が法を嗣ぎ、現在はその嫡男である慈照が護持し、昭和五十七年に本堂を新築している。

境内の僅かな繁みに石仏が露坐し、さらに片屋根の中に十三仏の諸尊が鎮まっている。新しい二層の建物は切妻の白壁に本山醍醐寺の定紋を掲げている。堂内の須弥壇は荘厳に飾り、中央の高台に不動明王を安置し、脇壇の諸仏龕像の裡に唐様風の羅漢像が一体あるのが印象的である。全体の構えから修験を彷彿とさす呪術の祈りが窺えるのも、祈祷霊場の威厳を現す寺風の証であるといえよう。



 ■ 交通アクセス
 ・JR福北ゆたか線「飯塚駅」下車、車で5分
 
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